Player Pick up 東條紘典
歓喜の瞬間、東條紘典は10.6mの天井(『タワーシティプラザ』特設会場)に拳を高々と掲げ、プロ公式戦初優勝の喜びを猛々しく表した。その直後にうつむき、一転、表情を崩して男泣きしながらテーブル前のベンチに着く。そこからしばらくは、おしぼりで目元を押さえ、ただただその場に座り続けていた。
これは『第27回ハウステンボス九州オープン』のファイナルが決着した瞬間から1分ほどの出来事。初のJPBA公式ランキング対象試合として開催された試合は、既報の通り赤狩山幸男を自身初のファイナル進出で下した東條の優勝で幕を閉じていた。
これまでの大会の会場で見かけた東條は、相手を威嚇するかのごとき形相でテーブル上に向き合い、試合を終えてもその表情はあまりトーンダウンせず、一見すると『恐そう』にすら見えた。オブラートに包んでも、『ポーカーフェイス』なプレイヤーで、一喜一憂することはない、そんな印象だった。だからこそ、勝利の瞬間の一部始終は印象に残る。
真相は「弱さを見せてしまうと相手につけ込む隙を与えてしまうので、常に表情は変えないように意識してきました」ということだった。それであれば、東條の目的は今まで完遂されてきていたし、ポーカーフェイスの裏で、勝てなかった悔しさを乗り越えてきたと言える。実際の人物像は穏やか、かつ熱いハートを持った一ビリヤードプレイヤーだった。
「大学を卒業して、実は一度銀行に就職したんですが、プロになりたいという想いを捨て切れず、4カ月で退職してその後にプロになりました。そんなこともあり今まで『優勝できないまま終わるなんて、そんなのウソだろ!』と自分に言い聞かせてきたので、(勝利の瞬間は)感情が高ぶったんだと思います」と涙の真意を語る。
今回のハウステンボス九州オープンには長崎を中心に九州から訪れた観客やアマチュアの出場者が目立ったが、話を聞くと東條のことはあまり知らなかったという人も少なからずいた。ファイナルを撞いた赤狩山や3位タイの土方隼斗など、いわゆるトッププロの知名度は高かったが、東條はそうではないプレイヤーの一人だった。
地元・佐世保のビリヤード場『ハスラーⅢ Sasebo』のオーナーでA級プレイヤーの溝上聖章さんは「トッププロ以外でも、こんな上手い人がいたんですね」と、プロのレベルの高さをまざまざと見せ付けられたという。大会の運営を手伝っていた『長崎ポケットビリヤードクラブ』(NPC)の池田未来さんのスマートフォン・カバーには、この土日で初めて存在を知り、魅了されたという東條のサインが入れられた。
この週末で九州はそして長崎、佐世保は東條紘典を知ったのだ。現在のところ第28回大会が再びこの場所で開催されるかどうかは未定だが、東條はハウステンボスを制した男として今後その名を語られていくのだろう。『勝ったことがある』経験は、これから東條のキャリアをどう彩っていくのだろうか。見守っていきたい。
―――そして、来年『ディフェンディング・チャンピオン東條』の姿が見られることを期待する。