第24期球聖位・大坪和史
この日の大坪も、やはり淡々と撞いていた。ショットの結果に一喜一憂する訳でもなく、運不運に反応するでもなく、ただ順番が回ってきたらスッと構えてスッと撞く。その繰り返しだ。試合の序盤で流れが完全に中野へ向いていた時も淡々と、後半の勝負処を迎えても淡々と。所作や表情から感情を読み取ることが難しい、いつもながらポーカーフェイスのプレイヤーだ。
ここで一般論を挟んで恐縮だが、プレー中の最適な温度(感情の適温)は人によって異なるが、「勝ちたい」「負けたくない」という意識は総じてプレーに悪影響を及ぼす。そのためプレイヤーは「目の前の一球に集中」をして「結果は後からついてくる」と言い聞かせてテーブルに臨む。だが、「初めての決勝戦」など各種"未体験"の状況下では、欲や焦りが芽生えて、日ごろのトレーニングの成果を発揮できない状態に陥ることも少なくない。
だから経験豊富なプレイヤーは、土壇場でも自分のポテンシャルを引き出すためのルーティンやお守りを意識的に体得し、テーブルと自分のコンディションを見極めた上で「たら」「れば」のない現実的選択を行っている。その限界に挑む姿は、時に泥臭くもなるが、人間味があふれていて客席から親近感も抱きやすいもの。だが、大坪は「勝ちたい」を見せないし、勝ち負けやタイトルに対しての執着心も表に出さない。
これが大坪にとって意識的な"適温"なのか、無意識の内に「無欲」の境地に達して良い心理状態を保っているのかはわからない。ただ、この日も(過去に名人戦、球聖戦で果たせなかった)「初めての防衛」という点には、試合の前も後も「特に」と変わらぬコメント。しかし「長時間にわたってたくさんの人が応援をしてくれたので、それに応えることができたことは本当によかった」という言葉を残している。
そして試合に話を戻すと、場内のボルテージ最高潮で迎えたゲームボール。これを沈めた大坪は、普段は見せないような満面の笑顔で、一瞬キューを天に掲げ、中野と握手を交わし、そして仲間と順にハイタッチを交わした。喜びを隠さない大坪が、1人1人と掌を合わせる。それはまるでスローモーションの映像のようだった。その後に「来年の防衛に向けて」と求めたコメントは「特にないですね」。大坪流のマイペースな調整に変化はないのだろう。
だが、内面での変化は起こっているようだ。「(防衛を達成した翌日に)あらためて人と話していて、実感が沸き、(防衛することができて)『よかった』とあらためて思いました」と、勝ったことに対する自身の意義が増えた様子をほのめかしていた。さらに新しい話も飛び出した。「都道府県対抗で広島チームが2年前に3位になれて、あの試合って誰も帰られないから、全員に見られて特殊な雰囲気になるじゃないですか? あれを体験して
『都道府県で優勝したい』という気持ちは持つようになっています」。
2013年の都道府県対抗戦。広島チームは3位入賞を果たした
地元の情報によると「(広島チームは)精鋭が揃いつつある」との声もあり、時期は定かでないものの「優勝候補の一角を担うチームに仕上がる」とも囁かれている。約300人がテーブルを間近に取り囲み、他に類のない盛り上がりを見せる都道府県対抗の決勝戦。そこで大坪がどんなプレーを見せるのか。今回以上に感情を表に出すシーンが見られるのか。これまでにないシチュエーションで、大坪の新しい顔が見られるのではないか、という期待をつい抱いてしまう。
周囲の期待と本人のプレーが絶妙に絡み合う大坪ワールド。次に炸裂するのは、何時、何処でなのか? 滅多とお目にかかることが出来ない"神様のハイタッチ"をぜひ目撃されたし。
Akira TAKATA