Player Pick up 年末スペシャル
この写真はCUE'S9月号のインタビューで撮り下ろしたもの。リテイクなしの一発撮りでキメてくれる
映画や漫画に登場するヒーローの多くは日常の常識から逸脱していることが多い。それはスケールの大きさであったり、人間離れした力を有していたり、ありえない豪運を纏っていたり。だからこそ憧憬の対象とされ、人は希望を抱き勇気を分け与えられる。
今年度JPBAランキング1位の座を射止めた大井直幸には、この種の非日常的なヒーローの像をシンクロさせる要素が多々見受けられる。今回はそんな人物像を紹介してみたい。
2012年はとにかく試合に出れば賞金を持ち帰った。国内公式戦では5度のファイナル進出
大井は天才だと思う。それは人一倍の練習をする才能であり、技術を吸収する能力であり、そしてビリヤードをしていなくても、何か大きな仕事を遂げるであろう予感を感じさせるところにもある。
軽いノリのアンちゃんがホイホイと勢いで球を入れている、そう見える部分があるとしたら、それは観る側のキャパシティを超えているからにほかならない。そう思う。
「彼は英単語を10個くらいしか知らない(使わない)」
これは大井の結婚披露宴で先輩であり盟友である川端聡プロが祝辞の中で使った言葉だ。そして「でも彼は世界中の誰とでもコミュニケーションが取れる。それがスゴいと思う」と続けた。
今年は由希子夫人と2度にわたりアベック準Vを達成した
実際に2007年に世界選手権開催中のフィリピンで彼が滞在中の部屋を訪れた際にその現場を目撃した。「ちょっとシャワーを浴びてくるね。あれ、タオルがないや」と言うと扉の外に居合わせたフィリピン人スタッフに身振り手振りを交えてタオルを求めた。そしてスタッフは大爆笑してからタオルを手渡した。ある種ミステリー。
試合会場でもそれは同様だった。マッチルームスポーツ(大会プロモーター)のスタッフをはじめ、各国の選手達も「オオイー」と言っては寄り集まってくる。その場は明るく盛り上がる訳だが、言葉については先に説明した通りで、理論立ててその状況を書き記すことはできない。例えるならばミュージシャンが言葉の壁を超えて人を感動させる空気に似ている。それが控え室の雑談であっても。
またインタビューをすれば頻繁にジョークを交えるが、必ず的確な回答がノータイムで返ってくる。それが日頃からいかに真剣に考え抜いた結論であるかを疑う余地もないほどにパーフェクトに。
そして愚痴を言わない。だがポリシーに反することは口にした上で、人を思いやる心を備え、すべてを笑いに変えて着地させる。この思慮深い陽気な男性像も彼の一面でしかないのだが。
では一体、彼は何の天才なのか?
ビリヤードで球を入れる技術に関しては誰も異論を挟めない域に到達している。ライバル関係にある国内のプロ選手が認めるのも戦績をもってすれば当然のことかもしれない。ただ、そうした敵をも仲間に引き込んでゆくのは彼特有のもので、今年も1人、また1人と大井とプライベートでキューを交えるプレイヤーが増えたことは間違いない。
ビリヤードに限らず群を抜く動物的嗅覚が大井の武器だと感じさせる
そんな彼と触れるにつれ、本気で感じることがある。それは「ライオンに生まれても蟻に生まれても、やはり名を残す存在になったのではないか?」と。つまり『動物として天才』、そう感じることが少なくない。
こんなことを書いている今も、きっと彼は仲間に囲まれて、大きな声でバカ話をして、時にそれが失礼だとか叱られながらも、やっぱり笑いで着地していることだろう。
ただ不安を感じる時もある。それは頂上に近づくほど孤独感に襲われるのがアスリートだから。大井に限らず張り詰めたテンションで走り続けてきたプレイヤーが、何かの拍子にその糸がプッツリと切れてモチベーションを下げてしまうことは可能性としてあり得る話。
彼らにとって球を入れることが本業であれば、それに専念できる環境作りとケアは我々周囲の仕事。まあ、そんな事さえ忘れさせてしまうほどの超人ぶりを発揮しているのが現状であるわけなのだが。
お互いが重圧のシャワーを浴びた関西オープン準決勝。この映像は近々無料公開!
まとめると、大ヒット作品である『ONEPEACE』の主人公であるモンキー・D・ルフィは実在するということ。そんなマンガの中から飛び出してきたようなヒーローがビリヤードの世界にいることは明るい希望にほかならない。来シーズンは何をしでかしてくれるのか。とびきり豪快かつ繊細な大井のプロ生活は8年目に突入する。
(Akira TAKATA)