Player Pick Up 船木耕司
表彰式を終えた船木耕司は「ふぅーっ」と安堵の溜息をついた。表彰写真とは違う、強張りのない普段の笑顔。『東日本プロマスターズ・アカデミーZ』戦の覇者は、一気に緊張を解いた。
「やっと勝てました。長かったーー」
東日本プロマスターズ・アカデミーZ優勝の船木
今年9月に『東北選手権』で優勝。それはランキング対象試合とはいえローカルトーナメントだ。全国区での勝利は少し遡らねばならない。
「実は去年の『東京オープン』以来なんですよ。震災の1ヶ月前に勝って、そこから1年9ヶ月? 長かったですね」
船木家は代々、仙台でビリヤード場『フナキ』を営んでいる。船木はその3代目であり、日本のトッププロの一人でもある。あの震災の日、船木は東京で大きな公式戦を戦っていた。翌12日、筆者はその試合会場に赴いたが、沈痛な面持ちの船木には全く掛ける言葉がなかった。東北の交通機関は遮断されており、そこから数日間船木は東京で足止めを食った。ただ幸いなことに、店は無事だった。
「やっぱり震災の後はずっと落ち着かなかったです。色々なことがあってね。今日は当てまくって勝ったかというとそんなことなくて、ボチボチなんですが(笑)、そういうことではなく、本当に勝てて良かったです」
勝負は時の運と言うが、船木ほどの実力者がこれだけの期間勝てなかったのは珍しい。不振の理由を震災に求めるのは早計にすぎるが、全くの無関係ではないだろう。現にこの屈託のない笑顔は初めて見るもので、プレイヤー・船木の時計は昨年の3月11日で止まっていたのだと思わざるを得なかった。
東北タイトルを除くと船木の優勝は1年9ヶ月ぶりとなった
'12年JPBFスリークッション年間ランキングのMVPは、首位を独走する
梅田竜二がほぼ手中に収めており、仮に船木が年間最終試合である来月の『
アダムジャパン杯 第23回全日本プロ選手権大会』に勝っても、'08年以来となる自身2度目のMVPには届かない。それどころか、ランキングを落としていた船木には決勝日のシード権がなく、予選からの戦いを余儀なくされる。そのことを本人が知ったのは、まさにこの談話を取っている時だった。
「しょうがないよね。予選から頑張ります。今日ミスした球をまた練習してね。今まで2位が最高だから、初優勝を目指します」
泰然と微笑んだ船木。時計は動き出している。もう何も焦ることも嘆くこともないのだ。
〈T.KOBAYASHI(B.D.)〉