Player Pick Up 第52期名人位・和田敏幸
和田敏幸名人が2期目の名人位に就いた。故郷の島根へ挑戦者として出向き、弟分にして最高のパートナーである持永隼史前名人が4年に渡って座った『名人位』の椅子を奪い、現在の拠点である名古屋へ持ち帰ったのが1年前。そして先の日曜日に石橋正則(千葉)の挑戦を退けて、その座を守り通したのだ。
名人戦初防衛を果たした和田敏幸(愛知)
ゲームを振り返ってポイントを上げるとすれば、ゲームカウント3-1とした第4ゲームで、ここで石橋が「あと19点を取っていたら......」この日の結果は違っていたのかもしれない。そんな後付けの仮定は意味を持たないが、序盤をイーブンで折り返していたなら、『巧者対決』を石橋が制していても不思議ではなかった。石橋は関東屈指の技巧派として、そう認知される存在だろう。一方、和田は「1日を通してツキがあった」と自身の追い風を感じていた。
和田の強さに目を向けてみよう。高い技術は当然のこととして、まず『経験値』の高さが挙げられる。名人位決定戦はローテーション300点先取の5ゲーム先取りという、耐久レースさながらのフォーマット。これを持永のコーチとしてセコンドとして、長年に渡って肌で感じていたことの経験値は計り知れない。
和田自身も「持永を通して特殊なフォーマットを体験していた点が大きい」と振り返り、「あの経験が無ければ負けていたと思う」と、経験値が勝敗を決めた分水嶺であったことも言葉にした。
そして今回の決戦で特筆すべきは両者の上手さで、特にセーフティに関するジャッジと精度は共にアマチュアの域を超えたものだった。そのハイレベルな攻防の中で、和田も石橋も攻撃面で手痛いミスも少なくなかった。その際に自身が追うダメージの軽減という点で和田が上回った印象も受ける。
これも耐久レースに必要な戦術であろうし、また普段の試合とは異なる『喜怒哀楽』も表情やアクションにして出した。本人は意図した様子ではなかったが、愛知の連盟員を中心とした応援団をより夢中にさせて一体感を創出したと見てとれた。
今さらではあるが、和田は数年前から日本で屈指のクレバーなアマチュア選手だった。ビリヤードという競技において、試合中に1%でも勝率を高める策があるならば躊躇せず選ぶような。「決まったら気持ちいい」「もう開き直って」といった、自身の感情やギャンブル的なショットを優先させることなく、最後まで勝利をあきらめず最善のジャッジを続ける選手だ。だからこそ、日頃の練習ですべきことも人一倍に明確に捉えているのではないか。
「上手さでは石橋さんの方が名人の球」。和田にそう言わしめた石橋正則(千葉)
挑戦者の石橋もまた、似たタイプのプレイヤーだ。こと技術面に関しては、終了後に和田が「上手さでは石橋さんの方が名人の球」と口にしたほどで、やはり勝負を決めたのは冒頭に記した『経験値』が大きなウェイトを占めたといえるだろう。
ただし和田が持永を介して得た『経験値』は、実は多くのプレイヤーが目の前にあっても通過しがちなもの。試合会場で決勝戦を我がことのように見入っている選手達が、その経験を糧に、後に羽ばたくのはプロアマを問わず定説でもある。
この日、和田はまた経験値を高め、石橋もまた自身のキャリアアップを果たしたに違いない。そして少し気が早いが、来年はどんな挑戦者が誕生するのか。
ARCのプレイヤーは和田の戦いを見守り、大きな声援を送った
名古屋へ移籍して2年。そこに溶け込み仲間に応援をされる和田は、自身の研鑽はもとより「ビリヤード人口が増えるような活動も起こしたいな、と周囲と話しながら進めている」と言い、名人らしい視点と姿勢を自然に纏ったと感じる。さらに恵まれた練習環境に感謝する和田が、これから1年でどれほど強くなるかは想像もつかない。
この最強名人を倒すには、自分が立っていないステージでも『経験値』を貪欲に吸収する、そんな選手であることは絶対条件だろう。既にそれを理解して準備をしている選手も多く、今から来年の名人戦が織り成すドラマが待ち遠しい。CBNTでは最終セットのみであるが配信を予定しているので、ぜひ名人位決定戦の空気を感じ、日々の練習に取り込んでもらえたら幸いだ。トロフィを受け取る和田。ここからまた、名人戦の物語は新章に向かう