Chapter 33 運命の分かれ道
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第33話
雫が敷いた雪の罠は翔とネモスによって蹴散らされ、今や見る影もなかった。元通りのとなったテーブルで最後のゲームが始まろうとしていた。これまで取っていた作戦はもう機能しないことを雫は理解し、最後のブレイクショットではアクアリアの力を借りないことにした。アクアリアは上空から下降し、雫を見守っていた。
「水は決して争うことなく、ただ低い方へと流れてやがて大海となる。雫、私たちもただなすべきことをなせば良い。それが勝利への唯一の道だ」
雫はゾーンに入り、これまで以上に真剣な表情でブレイクを放った。手球は2球ポケットされたが、難しい配置が2つ残った。④をコーナーに入れるためには、⑤と⑦の間のわずかな隙間を通るよう手球をコントロールせねばならない。⑨と⑩が入れのコースを妨げるように隣り合っている上、⑧から手球が出しにくい。1つでも精度を欠いたショットをすれば、マスワリの可能性はたちまちなくなってしまう。
ここから雫はアクアリアとともにゲームを進めた。アクアリアの力により、様々なショットの選択肢を手に取るように見ることができる。最初の関門である④では、針の穴を通すような正確さで手球をポジションし、④を難なくコーナーにポケットした。
雫の球の進め方を見ながら、彼女が同じラックを繰り返していたカラクリを明は理解した。明の精霊であるテンプトの目を通すことで、ようやく秘密を見破ることができた。雫のキューが手球に触れる直前、アクアリアは時間を凍らせる。雫はスローモーションの世界で手球を撞くことで、正確無比のショットを完成させる。アクアリアの能力は雫だけに影響するため、その他の人間には知る由もなかった。
残す球は⑧⑨⑩の3球となった。⑨と⑩のトラブルを解消する機会はなく、いまだに互いを邪魔し合っていた。⑧を入れ、手球を⑨、⑩まで戻して当てるためには、強力な回転が必要となる。⑩を入れた方が勝者となるこの場面で、雫はさらにアクアリアの力を引き出そうとした。一歩も引く訳にはいかなかった。⑧はレールに沿ってきれいにコーナーポケットに入った。一方、手球は横回転により先球へと戻っていったが、勢いがやや弱く、⑨をやさしく弾くにとどまった。手球はレール際に残り、再び難しいショットが残った。
度重なるアクアリアの力の使用により雫には疲れが見えた。それでも、次のショットが決め手だと雫は歯を食いしばり、決して手を緩めることはなかった。⑨に対して構えると、彼女は改めて時間を凍らせた。だが、ついに限界は訪れた。手球は⑨に対してわずかに厚く当たり、ポケットされることなく穴前に残ってしまった。雫はしばらくその場から動くことができなかった。
観客からは残念がる声や小さな悲鳴も聞こえた。本来ならば外す可能性も十分にある難しい場面だったが、これまでの雫のほぼ完璧なプレーを前にすると、あまりにももったいないミスのように目に映るのも無理はなかった。⑨の残り方を見て、本人を含めて誰もが雫の敗戦を悟った。その通り、翔はきっちりと最後の球まで決め、勝者となった。幕切れはあっけないものだった。
「あなたはとても強いね。素晴らしい経験をありがとう」
試合後に雫は翔と握手を交わした。
「こちらこそありがとうございました!」
「またリベンジさせてね!」
雫を倒したことを翔は未だ信じられないまま、小走りで明たちの元へ向かった。
「おめでとう、本当に凄いよ!」
エレメント同士がぶつかり合った試合を龍とすみれは絶賛した。
「滝瀬選手は、最後のショットを外すべくして外したのだ。その前のショットで、彼女は水ではなく、風の特徴を持った、強烈なスピンのかかったショットを選んだ。自らのエレメントに背いては、力を上手く引き出すことはできない。翔、お前は苦しい場面でも、自分にできること、すべきことを正しく見付けることができた。それが勝因だ。私に教えられることはもう残っていないかもしれないな」
明は少し誇らしげに微笑んだ。
1時間ほどたったころ、ベスト4が呼び出された。1試合目は龍vs雷、そして2試合目は翔vsケヴィン。次の試合は火のエレメントがぶつかり合う、最も熱く危うい試合となる。テーブルに向かう龍の後ろ姿に、翔、明、すみれは幸運を願った。そして、影の中から雷が現れた。