Chapter26 ジャパンオープンDay 2
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第26話
ジャパンオープンは2日目を迎え、初日の900人から絞られた128人の選手によるトーナメントが始まった。一度の負けも許されない厳しい戦いであり、この日を3連勝で飾った16人のみが最終日に進む。ルールは初日と同じく7ゲーム選手であり、交互ブレイクとなる。つまり、前のゲームとは関係なく、両者にブレイクの機会が訪れる。
会場の中に、一際若くてたくましい肉体の選手がいた。彼の名は木村大介であり、「ビッグボス」の名で知られていた。前回のジュニア大会では鷹上翔に敗れたものの、ジュニアから上がったばかりの選手らが活躍する中で、彼もまた力を付けた1人だった。この1年で彼は大きく成長し、その証拠に初日を文句なしの4連勝で突破していた。そして、2日目の彼の最初の相手は鷹上雷だった。木村の中では翔に敗北を喫したあの日の記憶がいまだ鮮明に残り、兄である雷に対しても鷹上家の者としてリベンジに燃えていた。
「ビリヤードは相手と直接接触するスポーツではない。相手が誰であろうと、いつものようにプレーすれば勝つのは簡単なことだ。そして、この鍛え上げた体が常に俺に付いている!」
バンキングの前に木村は雷と顔を合わせ、弟とは対照的な雰囲気を感じ取った。バンキングは僅差で木村が競り勝った。
「はっはっは! 見たか、俺の筋肉を! 優勝は俺のものだ!」
オープニングブレイクで木村は早速トラブルのない配置となり、マスワリのチャンスをつかんだ。
順調に球を減らしていきながら、木村は疑問を抱いた。なぜ、皆揃って鷹上雷のことを恐れているのだろうか。誰の目にも木村が最初のゲームを取るように思われた。しかし、なんと彼は簡単な⑩を外してしまった。
信じられないといった表情で木村は席に戻った。いつもと変わらないストロークで撞いたのに、球が外れた原因の見当が全く付かなかった。雷がこのゲームを取り、次のゲームもマスワリで連取した。再び木村のブレイクが訪れ、先ほどのミスを払拭するような傷の一切ないプレーを続けた。しかし、やがて⑩を迎えると、またしてもミスをしてしまった。雷はゲームをすぐに4-0とした。
木村は徐々に焦りを覚え、最後の味方である自分自身にすがり始めた。ブレイクは問題なくできたが、今度は途中の⑦を外した。
一体何が起こっているのか理解できない……木村は腰を下ろすと頭に手を当て、そこで初めて自分がおびただしい量の汗をかいていることに気付いた。彼は自分の肉体を極限まで鍛え上げ、強く美しい姿を保ちたい一心で、毎日早朝から腕立て伏せと腹筋をそれぞれ500回行っていた。そのトレーニングよりもはるかに負荷は小さいはずのビリヤードで、なぜこれほどまでに疲労してしまっているのだろうか。
雫とケヴィンはまだ試合が始まっていなかったので、並んでこの試合を観ていた。
「木村選手は本人ですら気付かないまま、雷の生み出しているプレッシャーにもう随分と抵抗しているな」
「そうだね、精霊なくしては、雷の放つオーラに対抗する根本的な術はない……体力だけであそこまで耐えて球を入れているというのは、それだけでもう十分素晴らしい選手だね」
「彼の弱点はビリヤードにおいて最も重要な2つの要素のバランスが取れていないことだ。どれほど体を鍛えようとも、同時に心を鍛えねばやがて限界が訪れる。その2つが揃わない限り、鷹上雷を倒すことは絶対にかなわない」
「でも木村選手も気の毒だね。圧されているのにその理由に気付くこともできないなんて!」
ゲームカウントは6-0になり、雷は残すところ1ゲームとなった。木村は今、ブレイクのためにテーブルに向っている。しかし、彼の中では何かが壊れ始めていた。もはや勝利を目指す気概はなく、ただ願わくは早くこの場から立ち去りたかった。この悪夢から目覚めたかった。
この試合中、彼は自分自身に集中するため、相手をよく見ないようにしていた。それは、以前雷と勝負した選手からのアドバイスでもあった。ただ、もはや戦意を喪失した木村にはそれも関係なくなり、ブレイクを構える前に一度顔を挙げて正面から雷を見据えた。その瞬間、彼は膝から崩れ落ちるように倒れた。気を失う直前、彼は弱々しい声でつぶやいた。
「バケモノ……」
ゲームは続行不可能となり、木村選手の棄権という形で幕を閉じた。雷は1ゲームも失うことなく、また1つ勝利を重ねた。雷は会場にいるエレメントの使い手らに向かって、挑発的に口角を上げた。