Chapter21 風の精霊ネモス
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第21話
扉の奥の明るさへと、翔は足を踏み出した。視界をくまなく照らしていた光は、大きく翼を開いたような輪郭を徐々に結び始め、やがてそれは鷹の形をとった。この神聖で非日常的な光景に似合わず、
「うおぉ~!! すっげ~!!!」
と翔は無邪気な声を上げた。圧倒されるほど巨大な光の塊にも翔は決して恐怖を感じることはなく、そこにはむしろ親しみさえ覚えるような温かさがあった。翔の直感が、この鷹は雷の影に見た鬼と同じ世界の生き物であることを強く告げていた。
「はっはっは、僕と初対面でそんな反応をしたのは風の子、君が初めてだよ! 心の扉を開くことに成功したね。君はどうやら壁だと思っていたようだけど」
「えっと、それであなたは誰なの?」
「そうそう、ようやく僕も名乗れるね! 僕はネモス、風の精霊だ」
「おおぉ~!! かっけ~!! あ、もしかしてお辞儀とかした方が良いのかな?」
「はっはっは、そんな必要はないよ。それは君たち人間のものだろう。私たち精霊は心で通じ合うからね」
「やっぱり雷の影もネモスと同じ精霊なの?」
「そうさ、彼が纏っているのは闇の精霊だね」
雷の背後にいるものの正体がようやく明らかになり、翔は頭の中が少しすっきりした気がした。そして、兄と同じ段階に到達したことをひとまず喜んだ。同じ精霊でもこれほど性質が異なることへの驚きもあった。
「父さんにも精霊がいるの?」
「君は何でも知りたがるね、風の子よ。もちろん水の精霊がいる。それも特別強いのがね」
明はビリヤードの技術については教えてくれても、エレメントやその先のことについては滅多に話してくれなかったため、翔は新しく知ることがたくさんあった。新しい世界に足を踏み入れ、同じ景色が見え始めたという事実を彼は噛みしめた。
「あ、そうだ。龍を助けに行かなきゃ!」
「うんうん、わかっているよ。君の友は今、彼自身の魂の世界で戦っているよ。火のエレメントの使い手は常に強さを求めている。けれど強さというのは諸刃の剣で、しばしば間違った方向に向かってしまう。君の友は今大きな選択を迫られているね。どのような道へ進むのかは彼次第といっ……」
翔はネモスが言葉を終えるのを待たずに声を上げた。
「絶対に龍を助けたいんだ! お願いします! 力を貸してください!!」
「はっはっは、心配することはない、風の子よ。今この瞬間から僕は君の仲間だからね!」
翔は今にも泣きそうな顔でお礼を言った。
「さあさあ、いつまでもここにいる時間はないよ。目を開けるんだ、風の子よ!」
視界が闇から開けた時、そこは元いた道場だった。瞑想に入る前と比べて、体の感覚は見違えるようだった。全身が軽く、空気と戯れているように手足が動いた。そして視覚が鋭くなり、目は空のように澄んだ青に染まっていた。
「すげ~! なんだこれ~!!」
現実とは思えないような力がみなぎり翔は雄たけびを上げた。
翔の成長を一目で見抜いた明は、心の底から翔を労った。
「扉を開いたか、よくやった。まずは第一歩を踏み出したな。お前が息子であり弟子であることを誇らしく思う。」
「ありがとう、父さん!」
その時、翔は初めて父の傍らに精霊がいるのを発見した。本当はずっといたはずの存在を、今初めて目にすることができるようになった。厳かな雰囲気を纏った精霊の姿に興味をひかれたが、しかし今は好奇心を満たしているときではなかった。翔にはまだやるべきことがあった。
龍は唸り声をあげて頭を抱え込んでいた。何かと戦っているかのようにもがき苦しんでいた。
「龍はギリギリのところで耐えている。正しい道を行くか、それとも闇に染まってしまうかの瀬戸際だ。しかし幸いなことに龍は独りではない。翔、お前がいる。お前ならばきっと龍を助け出せると信じている」