Chapter20 扉
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第20話
闇の力にのまれかけて豹変する龍の姿を目の当たりにし、翔はひどくうろたえた。龍をその場で落ち着かせることなどとてもできず、かといって何もなかったかのようにプレーを続行することも難しい。翔はすっかり立ち尽くしてしまった。しかし、そのような時でも明は冷静で、やはりいつもの落ち着きをまとって翔に声をかけた。
「まだ自分の中の恐怖の壁を乗り越えられていないようだな。何も焦ることはない。今一度、瞑想してみるがよい」
1人ではどうすればよいのかわからなくなった翔は、素直に父の言葉に従った。目を閉じて呼吸に集中すると、間もなく真っ暗な瞑想の深みへと入ることができた。すると山頂の修行での出来事と同じように、どこからともなく雷の声がとどろき始めた。
「お前のような弱いやつが鷹上を名乗る資格はない」
翔は呪いのようなその言葉を必死に追い払おうとしたが、いつにも増して声は大きく響いていた。
「そうか、これが父さんの言っていた壁だ。これを乗り越えないかぎり龍も雷も助けることができないんだ」
少し落ち着きを取り戻した翔は声を追い払うのではなく、声に向かって走り出した。彼は全力で地面を蹴っていたが、次第に足が重くなり、やがて思うように進まなくなった。
道場で瞑想にふけっている肉体も汗をかき始め、その顔には苦悶の表情が現れていた。明は何も言わず翔を見守っていた。
「俺が絶対に2人を取り戻して見せる!」
決して諦めることはなく、翔は重い足を前へ前へと出し続けた。すると、暗がりの中から徐々に大きな扉が姿を現した。初めての光景を翔は驚いて見ていた。息が上がっていることも忘れ、恐る恐る彼はその扉へと近付いていった。
「はっはっはっ」
突然笑い声が扉から聞こえた。どこか落ち着きさえも覚えるような音で、どうやら声の主は雷ではないようだ。
「いやー随分と待ったよ! ついにたどり着いたんだね、風の子よ。ここはひとまずおめでとうといったところかな!」
暗い空間にまるで似つかわしくない愉快な話し方に、翔は強烈な違和感を覚えた。
「えっと、誰なんですか?」
「この僕が誰かって? それは君次第さ!」
「……それはどういうこと?」
「あはは、君は質問が多いね。君のお父さんは僕について言ってなかったかい? 言葉だけじゃなくて心の声にも耳を傾けなくっちゃ。とにかく、僕はこの扉の向こうで待ってるから、早くおいでよ! 風の子はここを開けられるかな?」
たちまちに声の主はいなくなり、辺りには再び静寂が訪れた。翔には自分の浅い呼吸だけが聞こえていた。彼はひとまず扉を押し引きしてみたが、力を入れても扉はびくともしなかった。一体どのように開けるというのだろう? しかし、この扉の先へと進む以外に道はないことを翔は直感的に悟っていた。
力が足りないのかもしれないと思い、体重をかけて扉を押してみた。実は引き戸なのかもしれないと考え、横にも引っ張ってみた。しかし扉は全く同じ姿で行く手を阻み続けた。その後も助走をつけて体当たりをして、あらゆる手を尽くしたが、一向に開いてくれる気配はなかった。
すっかり途方に暮れてしまった翔は開けてくれと叫びながら扉をこぶしで叩き続けたが、扉が開くはずもなく、手に鈍い痛みが残り続けた。策の限りを尽くしても何も返してくれないその扉に諦めかけていた時、なぜだか翔は幼かったころの龍との思い出にふけっていた。道場の帰り道、翔と龍はこぶしを突き合わせて約束を交わした。
「世界一のビリヤード選手を目指して頑張るぞ!」
そう誓いを交わした友が窮地に立たされている。決してここで諦めることはできない。このままの自分では雷の言った通り、何もできない。翔は失いかけていた強い意志をもう一度自分の手で取り戻した。力ではどうにもならないことはよくわかった。自分のすべきことを今一度思い出し、扉に手を添えて翔は集中した。
すると、扉の間のわずかな隙間から翔に向かって風が吹き始めた。風のエレメントの使い手である彼にふさわしく、その流れは翔と一体となり、体を優しく包んだ。今までこわばっていた肉体に柔らかさが戻り、空に舞う羽のように足取りが軽くなった。翔の顔色にも温かさが戻り、彼は今全身で自由を感じていた。
「やったね! 君はやっぱり風の子だ! さあ、目を開けてごらん。」
あれほど頑丈だった扉が翔を歓迎するかのように大きく開いていた。風をまとい、光のほうへと翔は強い一歩を踏み出した。