Chapter5 翔 vs 龍(2)
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第5話
龍は修行中にも頻繁にトーナメントに参戦し、張り詰めた緊張感の中で高いパフォーマンスを引き出すことへの楽しさを見付けていた。その試合経験の豊かさが彼に自信を与えていた。安定した精神を持ち合わせた彼にとってゾーンに入ることはさほど難しくなく、あまり場数を踏んでいない翔と比べ、自在に火のエレメントを操ることができた。
翔からターンが回ってきた後は隙を与えないプレーと完璧なブレイクが続き、0-2と負けていた彼はあっという間に3-2と逆転した。翔には一切チャンスが与えられなかった。
「彼、なかなかやるね」
初めから試合を見ていた雫が、隣にいるケヴィンに言った。
「ああ、波がなくて良い。エレメントを理解している、期待通りのプレイヤーだ」
ケヴィンも龍の素質を褒めた。
「うん。彼はまだ若いから、もっと成長していい相手になりそうだね」
翔は龍が次のラックを準備するのをぼんやりと観ながら、また小さい頃のことを思い出していた。幼馴染の翔と龍であるが、実は翔の方が1歳年下であるため、幼かった当時は龍のことがとても大きく見えた。翔は龍についていってはよく真似をした。道場に誰もいない時はふざけてビリヤードテーブルによじ登り、2人して寝てしまうこともあった。その時は決まって帰ってきた父に見付かり、こっぴどく叱られるのであった。
龍の3−2で迎えた第6ラック。申し分のないブレイクショットで3個のボールをポケットした龍だったが、それまでの2セットとは違い、①が他の的球に隠れ、直接は狙えない配置となってしまった。邪魔をしている球が手球に近く、龍が得意なジャンプショットを使うにも、手球をそれなりに高く跳ばす必要があった。さらに手球はレールから離れており、ジャンプショットで狙うためには体を乗り出して不安定な状態で撞くしかなかった。
さすがにジャンプは選ばないのではないかと、龍を知らない観客ならば思っただろう。だが、彼の中では火のエレメントが熱く燃えていた。龍は迷うことなくジャンプキューを取りに行き、チョークを塗りながら1度だけ周りを見渡した。真剣に試合を観ている人々に囲まれているこの瞬間が、彼にとっては嬉しかった。手球にキュー先を合わせて腕を高く持ち上げると、手球は大きな弧を描いて①に厚く当たり、1度クッションに入った①は反対側のコーナーポケットに見事に決まった。①と入れ替わるようにぴったりと止まった手球は次の的球に完璧にポジションされており、難しかった配置は一瞬にして打開された。
龍の一方的な展開を目の当たりにして、観客は嘆声をもらした。そのままゲームを取り切った龍は4-2とリーチをかけた。試合の流れは完全に彼に向いていた。翔もそれはよくわかっており、このまま負けてしまうのではないかと気が塞ぎそうになっていた。
最後のラックにするという気持ちで、龍はいつも通りのルーティンを始めた。ラックを組み終えるとブレイクキューを手に取り、入念にチョークを付けた。先頭の①に目を向け、左足を前に構え、バランスをとった。そして一度大きく息を吸い、背中にオーラを纏いながら全神経を集中させ、フォームを固めた。
龍の放った手球は①の正面を叩き、真上に跳ね上がった。的球は四方に散らばり、完璧なブレイクかと思われた。しかし、クッションから戻ってきた球の1つが手球に当たり、無残にも手球はスクラッチした。このままゲーム終了かと思われただけに、観客が息を飲んだのが龍にもわかった。
しょうがない、といった様子で龍は席に戻った。不本意ではあったが、エレメントを使いこなす器の持ち主は終始落ち着いていた。
ようやく思い通りのプレーをするチャンスが翔に回ってきた。龍のパワフルなブレイクのおかげで的球は散らばっており、特にトラブルはなかったが、気分が不安定な状態の翔は決して本調子ではなく、いつもよりテンポが遅くなっていたが、どうにか⑨まで取り切ることができた。
ほっと息をついて席に戻る時、観客の中からすみれが手を振っているのに気付いた。幼馴染の彼女が応援に来てくれることを翔は知っており、手書きの地図まで渡していた。よく見ると、彼女が振っている手にはおにぎりが握られていた。
それは翔の大好物であり、彼女が今日のために作ってきてくれたのだった。
すみれの優しさで少しばかり肩の荷が下りた翔には、自然と笑顔が戻った。
ブレイクの準備をしながら、幼馴染が2年振りに揃ったことを改めて彼は思い出し、何やら喜ばしい気持ちになっていた。