Chapter 38 Sho vs Kevin②
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作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第38話
翔はブレイクの準備をしながら、ケヴィンの発言を頭の中で反すうしていた。互いにまだ1ゲームも譲っていない状況で、なぜ相手の口からあれほど自身に満ちた言葉が手で来るのかわからなかった。確かに翔のプレーは最高潮を迎えている訳ではなかった。しかし、ネモスと力を合わせればケヴィンと互角に渡り合える自信があった。そのような考えを巡らせながら、翔はブレイクを放った。
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今度のブレイクは少し困った配置となった。マスワリをするためにはトラブルの解消が必須で、高い難易度のショットが求められた。翔は「げっ」と苦い顔をした。ケヴィンとドールはテーブルではなく、翔本人を眼光鋭く観察していた。わずかな表情の変化すらも見逃すまいとするほどの集中力だった。
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しかし、翔はネモスの力を駆使してスーパーショットを連発し、相手に譲ることなくポイント獲得した。翔は深く息を吐きながら椅子に座り込み、その額には汗が少しにじみ始めていた。
「翔は注意しなければならない。本人が気付いているかはわからないが、相手の罠は既に張り巡らされている。本当の意味での勝負はこれからだ」
明は腕を組んで試合の行方を静かに見守っていた。その横では太郎が何度も強く頷きながら、何やらノートにびっしりと書き込んでいた。近くでは雫がテーブルをじっと見つめていた。試合がまた始まったばかりであることを、彼女も当然理解していた。
ケヴィンは三度、文句のつけようのないブレイクをした。しかし、的球を減らしていく途中でまたもやセーフティを選んだ。
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明らかに簡単なショットがあるにも関わらず、あえてリスクのある選択をしてくる相手に、翔は若干不満を抱き始めた。
「なんで簡単にポイントが取れるのにケヴィン選手は俺にショットを回すんだ? 技を見せつけているのか?」
実際には完璧なセーフティが決まっており、翔にできることは一か八かでファウルを回避することであった。しかし、3クッションのショットは惜しくも的球からわずかに逸れた。翔はややいら立ちを覚えながら席に戻った。ケヴィンはフリーボールから残りを取り切り、3-3とした。
再び翔のブレイクが回ってきた。彼はケヴィンのセーフティショットについてずっと考えていたが、雑念を振り払って構えに入った。今度は先ほどよりもよい配置となった。淡々とポケットしていく翔だったが、このゲームは確実だろうと思われた矢先、簡単なドローショットでポジションミスを犯してしまった。翔は自身の集中力の欠如を強く責め、危うく怒りをあらわにするところだった。
先球がぴったりと隠れてしまい、自分に対してセーフティを決めてしまった形となった。無理なショットを強いられた翔は手球を当てることができず、相手にフリーボールを譲ってしまった。テーブル上では的球同士が近接するトラブルが残っていたため、ケヴィンは完璧なセーフティをした。
もともとセーフティショットを得意とするケヴィンにとって、フリーボールでのセーフティはたやすいことだった。翔は再びこれを当てることができず、2ファウルとなった。翔はさらにフラストレーションを募らせた。しかし、ケヴィンは一切手を引くことなく、またもやセーフティを決めた。
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次のショットもファウルになると、翔は3ファウルでこのゲームを失うこととなる。両者とも未だ1つもブレイクゲームは落としておらず、ここでゲームを相手に譲ってしまうことは翔にとって何としてでも避けねばならなかった。絶対に的球に当てなければならないというプレッシャーと、完璧なセーフティを繰り返されているストレスに挟まれた翔は、荒々しくネモスを呼び出した。ネモスはキューとともに急降下したが、集中力を欠いた翔はショットのタイミングが外れ、案の定ファウルとなった。カウントは3-5となり、ついにケヴィンがリードする展開となった。ゲームが動いたことを観客の誰もが感じ取った。
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ドールは首を高く挙げると、嬉しさを優しく表現した。ケヴィンは淡々と次のブレイクを用意していた。一方、翔は何かが切れてしまったかのように、うつろな目をして椅子にへたり込んでいた。
「チェックメイト」
雫が静かにささやいた。
「翔は試合自体に対する集中力を奪われ、相手に過剰に意識を向けてしまった。ウッドランド選手がそのように誘導したというのが正しいだろう。彼とドールは、翔の弱点がビリヤードの技術そのものではなく、ビリヤードをしている時のメンタルにあることを見抜いた。だからこそ、あえてマスワリをせず、セーフティをし続けたんだ。ふたを開けてみれば極めて単純なことだが、残念ながら効果はてきめんのようだ」
地のエレメントらしい大胆な作戦に明はもっともだと思った。
「なるほど、翔くんは気持ち良く撞かせてもらえていないということですね。シンプルですが、ケヴィン選手の正確無比なセーフティがあって初めて成り立つ作戦だと見ました!」
太郎はノートに何かを書き続けている。
「その通りだ。結果として翔は今この瞬間のショットに集中できていない。負けないためにまずすべきことは、技巧を凝らすことでも、エレメントの力で身体能力を上げることでもない。精神状態を相手に揺さぶられることなく、ただ目の前のことに意識を向けることだ。これに気付かなければ翔の勝利はない」
絶体絶命の状況に、すみれは手を強く握りしめた。
その頃、龍が試合会場に再び姿を現した。
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