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Chapter 35 モルナ②

2022.12.12

作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第35話

辺り一面を闇で包み込むような雰囲気をまとって、雷の精霊モルナが現れた。モルナは眼光鋭龍とイグニフェールを見据え、敵を手にかける瞬間を今か今かと待ち望んでいた。モルナが現前したことで、試合の緊張感はこれまでにないほど高まった。

「イグニフェール、こうして相対するのは久しぶりだな。跪くお前の姿が見られると思うと、楽しみでならないぞ!」
「モルナァァァ!」

イグニフェールも敵意をむき出しにし、モルナを倒すことだけを考えていた。
「龍、あれがモルナ、雷の精霊だ。やつは黒い精霊と呼ばれる存在の中でも最も強大で、他の精霊からも恐れられている。自然との調和から力を生み出し、それに適した人間とつながる我々白い精霊とは異なり、黒い精霊は人を選んで力を流し込む。自身過剰であったり、自己顕示欲が強かったりするほどやつらにとっては美味しい。今の雷はもはや雷本人ではない。俺の知る限り、彼を元に戻す方法はない」

「楽しいおしゃべりの時間も終わりだ」
雷がそう告げると、モルナの放つオーラが一段と強まった。同時に、イグニフェールの周りに他の精霊たちも姿を現した。正確には、モルナの力によって意思に反して引き出されたのだった。

「弱い精霊、弱い人間に用はない。モルナを前にして、お前達は無力だ。本当の力というものを見せてやろう」
黒い精霊の力を象徴するように、雷の目は一層黒ずみ始めた。背後に構えるモルナの手には、冷たい雷光が握られていた。
「龍、俺と対戦することになった自らの運命を恨むがいい。お陰でモルナの真の力を最初に知る名誉を手に入れられたのだからな! イグニフェールに別れを告げる時だ!」

モルナが雷を操っているかのように、2人は同時に右手をかざした。光とも闇とも判別できない邪悪な何かに包まれた刹那、龍とイグニフェールは別次元に飛ばされた。

気が付くと、龍は真っ暗な空間にいた。手を伸ばすと、どうやら檻か柵のようなものに閉じ込められているようだった。一体何が起きたのかを考えていると、にわかに何者かが語りかけてきた。

「お前は、俺になるべきだった。火のエレメントの使い手だけに許された特権を素直に受け入れず、自分にとっての『正しい道』を選んだのが今のお前だ。それこそがお前の弱さだ!」
「一体誰なんだ、何を言っている?」
龍は声の方向に目を凝らしたが、依然として何も見えない。
「ははは、まだ私の正体がわからないのか! お前が俺になることを拒んでも、俺は常にお前とともにいたのだ!」

龍の前にふいに人影が現れた。そこには、闇に染まったもう1人の龍の姿があった。雷と同じように目は底のない闇に覆われ、不気味な笑みとともに天を仰いだ。

「お前は選択を誤った。そのせいで、お前の大切な精霊は今まさに最期を迎えようとしている!」
「な、なにを言っている……!」

龍も同じ方へ顔を向けると、目を背けたくなるような光景があった。そこではイグニフェールとモルナが戦っていた。戦局は明らかで、イグニフェールは今にも翼をもがれそうなほど弱っていた。モルナは勝利を確信し、とどめを刺す機会を窺っていた。視線を少し移すと、今度は雷の姿が目に入った。雷は瞑想をしたまま、微笑んでいた。すでに結末の決まった劇は、穏やかに終演を迎えようとしていた。モルナがついに力を込め始めると、何かを悟ったように、イグニフェールは力を振り絞って咆哮を上げた。空間そのものが耐えられないほどモルナの力が大きくなったとき、ついに雷がかっと目を開いた。

「さらばだ」
途端に大量の闇があふれ出し、目にも留まらない速さでイグニフェールに襲いかかった。イグニフェールの断末魔の叫びとともに、龍の胸に耐えがたい痛みが走った。決して失ってはいけないものを心から引きちぎられるような痛みだった。地獄のような世界で、雷の笑いだけがこだました。

気が付くと、龍はもといた会場に戻っていた。雷との試合は続いており、観客もそれまでと同じ様子でテーブルを囲んでいた。胸の痛みもなく、全ては元通りだった。ただ一点を除いて。
「いない……」
イグニフェールの姿が、どこにもなかった。

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