Chapter 34 モルナ
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第34話
ベスト4で対戦することとなった灼谷龍と鷹上雷は、互いに挨拶を交わすこともなく、持ち場についた。選手はもとより、テーブルの周りを越えて会場全体が痛いほどの静寂に包まれていた。
張り詰めた雰囲気に飲まれ、バンキングを確認していた審判は既に首筋や額に冷や汗を浮かべていた。会場で唯一進行していたこの試合には多くの人の視線が注がれ、その中に翔、明、すみれはもちろん、直前に敗れた雫やケヴィンの姿もあった。
バンキングを僅差で制したのは龍だった。雷は何ら問題ないといった様子で微笑みを浮かべた。
「勝てて嬉しいだろう。そんな気持ちになれるのもこの瞬間が最後だ。存分に噛み締めておくんだな」
龍はその挑発に一切反応を見せなかった。気持ちを乱されることもなく、淡々とラックを組んだ。
龍の隣にはイグニフェールがいたが、本人とは対照的に、普段よりいきり立っているようだった。
「龍、お前の奥深くには複雑な感情がある。憎しみを抱いている一方で、親しく思う気持ちも残っているようだな。鷹上雷の精霊は他人の感情に簡単に付け込む。この試合が終わるまで、これまでのことは忘れて、今起きていることだけに集中するのだ。あの怪物にいつ噛みつくことができるのかと、私は全身がうずいて仕方がない」
龍は手球を置き、ブレイクのフォームに入った。深く息を吸い、深く息を吐く。全身の均整が取れた瞬間、イグニフェールは咆哮を上げながら龍に飛び込んだ。精霊の力を一身に受け、超人的な力で龍はブレイクを放った。手球がラックに届いた次の瞬間には、既にいくつもの的球がポケットに吸い込まれていた。
衝撃で真上に跳ね上がった手球が静止すると、テーブルに残された的球はわずか2つだった。
観客のざわめきにより、ようやく沈黙が破られた。龍は⑦と⑩をポケットし、最初のゲームを取った。北海道オープン以来、雷は初めてポイントを取られる形となった。しかし、彼は相変わらずの不気味な笑みを浮かべているだけだった。
雷もマスワリで1ゲーム目を取った。再び龍にブレイクが回ってくると、今度は的球が4つ残ったが、特に問題もなく⑩までを沈め切った。そこからはシーソーゲームが続いた。龍はブレイクでイグニフェールの力を毎度発揮し、残された球を難なく取り切るという方法を続けた。一方の雷は特別なことをしている様子はなく、ただ圧倒的な技術でマスワリを重ねていた。相手にポイントを取られる機会が全くなかった雷にとって、この試合は久々に手応えのあるものだった。龍のブレイクに多少興味を示すなどはしていたが、とはいえ勝敗を意識している様子はさらさらなかった。
カウントを4-4としたところで、雷は龍に話しかけた。
「鷹上家のおかげでお前が手に入れることができた力は、それで全部か? その腕では残り5回ものブレイクには耐えられそうにもないな。無理をした症状もすでに出始めているだろう。この俺を倒すという叶いもしないことのために、お前は人生を棒に振ろうとしている。はっはっは、笑わせる!」
「何が面白い! 俺は絶対にあんたを倒す! 全てを焼き尽くしてやる!」
龍は冷静に振舞うことを心掛け、集中力を極限まで研ぎ澄ましていた。しかし内心では闘志を静かに燃やし続けていた。イグニフェールの力を使ううちに彼と精霊とは精神的に同調し始め、ついに龍にも怒りの炎が灯った。
「ああ、ついに火のエレメントにふさわしい言葉だ。そうときたら、ようやく本当の試合を始めるとしよう。俺の精霊は名前を呼ぶことで、本当の力を引き出すことができる。お前ならばやつの影を見ることはできたかもしれないが、それは仮の姿に過ぎない。この俺と少しは張り合った褒美に、真の強さというものを見せてやろう。出でよ、モルナ!」