Chapter18 vs 明
作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一
第18話
道場の前で待っている翔のもとに龍がやってきた。
「ああもう今日はどんな試合をするんだろうな~? 気になりすぎて全然眠れなかったぜ!」
いかにも翔らしいと龍は笑ったが、本当は龍も満足な睡眠はとれていなかった。
物心付いた頃から、翔は毎日のように父親である明とビリヤードで遊んでいたが、思えば一度も真剣勝負というものはしたことがなかった。父親と渡り合えるところまで来たと興奮している反面、師匠に直接実力を見せるということで背筋が伸びる思いでもあった。
一方、龍の中には緊張と不安が混在していた。明はすでに自分と翔の実力の限界を見抜いているのではないか? これ以上修行を続けると雷のように2人も力に飲まれてしまうと判断して、修行を中止するつもりなのではないか? 自分の中に強くなりたいという欲望があるのは確かで、同じ火のエレメントを有する龍にとって雷に起きたことは決して他人事ではなかった。明はすでに気付き始めているのかもしれない。急遽修行の内容を明が変更した真意を一晩中考えていた龍は、少し悲観的になっていた。
2人が大きな声であいさつをしながら道場に入っていくと、明は入口を向いて瞑想をしていた。静かに目を開くと、明は表情を変えることなくすぐに話し始めた。
「では始めようか。今日は翔と龍のペアで試合をしてもらう。相手は私だ。2人は1撞きごとにショットを交代してもらう。ショットクロックは15秒、1つのプレーが終わってから15秒以内にもう1人が撞かなければファウルになる。先に10ゲーム取った方の勝利とする。質問がなければ始めよう」
2人はじゃんけんをして、翔がバンキングをすることになった。しかし僅差で明にブレイクを譲ってしまったので、翔は龍の隣に腰かけた。真剣な眼差しの中、試合は始まった。
明は一瞬でゾーンに入るとブレイクから流れるように最初のゲームを取った。水のエレメントらしい完璧な球運びで、ミスの入る隙すら許さないようなプレーだった。普段は師匠として指導する立場の明しか見ることができないため、久々に実力を目の当たりにした2人は素直に驚いた。そのまま明は2ゲーム目、3ゲーム目と着実に取っていった。
「球の動きに全然無理がなくて、本当に一筋の流れのようだね」
「ああ。最初から手球の道筋は決まっていて、それに沿って自然に進んでいる感じがするな」
4ゲーム目、それまで淡々とポケットを続けていた明が⑤に対してセーフティを選択した。この試合初めてのショットが龍に回ってきた。サイドやコーナーへのバンクショットのほかセーフティも選択肢にあり、その上⑦、⑧のトラブルも残っていたため、いろいろなプレーが考えられた。
「翔、どんなショットにしよう?」
「そんなの龍の好きなところでいいよ!」
「いやでも俺らのプレースタイルは違うから、ここは相談してお前に合わせた方が良いんじゃないか?」
「そっか! 確かに、でもどうしよう……」
「はい、そこまで。時間切れだ」
翔と龍が相談している間に、あっという間に15秒が経過してしまった。明はトラブルをしっかりと解消し、このゲームも取った。
5ゲーム目、順調に進んでいた明はまたもや途中でセーフティを選択した。今度は翔が撞く番だった。直接⑤に手球を向かわせる道を他の球により阻まれていた。
「翔、ここはジャンプじゃないか?」
「え、ジャンプ? こういうジャンプは苦手なんだよな~」
⑤をポケットしたとしても⑥へ手球を戻すのにパワーが要求されるショットに、翔は難色を示した。しかし、時間が迫っていることに気付いた龍は
「いいから、時間がないからとりあえずやってみてよ!」
と翔を急かした。慌てた翔は案の定ミスをし、明にフリーボールを渡した。試合は5-0と、翔と龍は1ゲームも取れず相手の折り返し地点まで進んだ。
6ゲーム目に入り、淡々とテーブル上のボールを減らしていく明を見ながら、2人は一生懸命解決策を模索していた。それを見た明はセーフティーをせず、今度はひとまず最後まで取り切った。次のラックを準備しながら明はこの試合初めてのアドバイスを口にした。
「修行初日に私が言ったことをよく思い出してみるといい。この半年どのように修行を乗り切ったか、それと同じことをそのまますればよいのだ」
その後もよどみなくポケットを続ける明の姿を見ながら、2人はしばらくこれまでの修行を思い返していた。
初日は修行の場へ行くだけでヘトヘトになったこと。
うなりながら頭の中でビリヤードテーブルを想像したこと。
自然に触れ、山を登る行程を徐々に楽しめるようになっていったこと。
いつしか思うままに自分の中の世界でプレーをイメージできるようになったこと。
そして不安という最大の敵が立ちはだかり、自力でその先に進めなくなってしまったこと。
その瞬間、半年間の修行に込められた本当の目的が2人に届いた。
「自然には思考の踏み入る余地などない。自然はただあるべくしてある!」
「今は考えるときではない。目指すは無我の境地!」
それを聞いた明はセーフティをした。
立ち上がる2人、彼らはすでにゾーンに入っていた。